『当時は風俗感覚でした』について書いています!
かなり前の話になりますね。
私の住んでいる街はけっこう風俗営業が盛んな所で巷で言われている業種はほとんどが相当な数ありました。
街中に大きな歓楽街があってその周辺にはラブホテルがいくつも建っていました。
そんな環境もあって当時はホテトルが大流行していました。
人気があったのはすべての世代の女性を用意できるというホテトル業者でした。
下は十代から上は熟女まで客の好みに合った女性を呼べるというのです。
特にさすがに明記はされていませんでしたが「援助交際コース」というやや高額なコースを選ぶと女子高生がホテルに来ると専らの評判だったのです。
私も利用してみたのですが確かに若い女の子が来ました。
さすがに制服で来る訳でもなく生徒手帳を見せて貰った訳でもありませんから断言はできませんが幼さが残る表情といい、
客慣れしていない態度といい、
張りと弾力のある肉体といい、
確かに高校生かもしれないと思いました。
援助交際コースは一回で六万五千円とけっこう高いので毎月というわけにはいきませんでしたが二月に一回くらい利用するようになっていました。
ある時、K子というけっこう好みの子が来た時に性格も良かったのである提案をしました。
つまりホテトル業者抜きで直接会えないか?と聞いてみたのです。
聞けば彼女らの手取り金額は三万五千円とのことでけっこう業者側のピンハネ率が高く女の子達も不満を持っているとの事でした。
それからは業者は通さずにK子とちょくちょく会うようになりました。
K子は一度は学校帰りに制服でやって来た事もある本物の高校二年生で素行が悪いと言うよりは洋服等が買いたくて悪気なく援交している普通の少女という感じでした。
それからは正式に契約を交わした訳ではありませんが食事とかデートのみの時は二万円、
ホテルでセックスをする時は四万円払うような形式になりました。
K子はホテトルは辞めたと言っていましたが私の他に誰かと援助交際しているのかどうかは判りませんでした。
自分としても恋人というよりは馴染みの風俗嬢という感じでしたからK子が他で何をやっていようが構わなかったのです。
そうしているうちに例の児童買春・児童ポルノ処罰法が施行されたのです。
その時K子はすでに18歳になってはいましたがまだ現役の高校生でした。
万が一の事があっては仕事にも差し支えますから、
その後はK子とは会わなくなってしまいました。
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